丘の上の住人達 総集編
そろそろ山肌が色とりどりに色づき始めようとする頃でした。
私共には珍しく訪問者の、1本のお電話が御座いました。
長いこと、娘さんをお探しに成っておられたようでした。
「訪ねて行っても宜しいでしょうか」
私共にいらっしゃった女性の、多分お父様でしょう。
声は少し震えてました。
私共の所にはこの方の娘さんのように何かと事情が有り、独り寂しくてとか、他に身寄りもないとか他に行く宛の無い方達が何故か集まってきます。
亡き主人が私共の娘の為にと始めたのが切っ掛けで御座いました。
そんな方々のお世話をするように成ったのですが今回のように親御さんが探して訪ねてくるなど初めての事でしたので、
「貴女は親御さんに愛されてたんですよ、もう少し素直に甘えたら良かったのに」と呟いていると
「こんにちは」と声がしたので振り向くと白髪のお2人の老夫婦が立っていらっしゃいました。
「こんにちは、様でいらっしゃいますね」
「はい、この度は、娘がお世話をお掛けしました」
「いいえ、私共は何もしておりませんのよ、この坂道は、お疲れに成りましたでしょう」
「いえ、大丈夫でした、此処は良い所ですね娘が選んだ気持ちが解ります」
そう言うと男性の方は周りをぐるっと見回し海に目を止め眩しそうに目を細めて眺めていらっしゃいました。
「娘さんのおっしゃるには此処からの景色が故郷の景色に似ていると喜んでいらっしゃいましたよ」
「お父さん、あの子の部屋からの景色に似てますよ」
暫くお2人で並んで海を眺めておりました。
「温かい、お飲み物でもいかがですか、どうぞ、こちらへ」
3人は花が咲き乱れている庭を通り、小さな建物の中へと入っていきました。
丸テーブルに腰かけた3人の前には温かな紅茶の湯気と香りが窓から差し込む光の中に優しく漂っていました。
家主さんが静かに話始めました。
「娘さんの御遺体は此方の墓石には御座いませんのよ」
「はい、遺体の方はあの娘の部屋で見付かりました」
「では、どうして私共の元へ」
「いえね、コイツが葬式が済んだ時から娘が夢に出てきて(帰りたい、帰りたい)と小さな赤ん坊を抱いて泣くんだそうです。
私も最初は娘を亡くした心の痛みが夢に見せているのだろうと、余り煩く言うので喧嘩までした程でした。
すると私の夢にまで娘が出てきたんです(帰りたい)と」
「まぁ、娘さんも言ってた事が有りましたよ、海を見ながら(お父さん、お母さんに会いたい、あの海をもう1度みたい)と」
「あの娘は凄く好きでしてね自分の部屋から見える海を何時間でも眺めていたんですよ」
「私共には、何故か亡くなった方達の行き場の無い魂だけが集まってきます。
私の娘はお花が好きでしてね、庭に有る大きな桜の木の下で亡くなりました。
それを朝早くに主人が見付けました、私達夫婦も泣き苦しみました。
幾日目かに私達夫婦同じ夢を見ましてね、娘が謝るんですよ、そして此処の庭に花が一杯のこの庭に眠りたいと、それでこの庭に埋葬して、あの娘の大好きな花を一杯に植えましたのよ・・・。
其からは娘の笑顔の夢ばかり、主人が倒れて亡くなってからです、主人も大好きな娘の隣に埋葬しましたの、するとある日、門の所に小さな子供さんがションボリ立っているものですから声を掛けたら娘と主人の墓石を指差して(行く所が無かったら此所においでって言われた)って、其からは色んな方々が見えられました。
私は、毎朝、皆さんに花を手向けて安らかな眠りを御守りしてるだけなんですよ」
「其れでは娘も」
「えぇ、赤ちゃんを大事そうに抱いて、(帰りたいけど、お父さんお母さんに会わせる顔が無い)っておっしゃって」
「バカですよ、あの娘は、帰ってくれば、どんな事に成っても帰ってくれば・・・」
肩を震わせ泣くお母様の横でお父様は歯を食い縛り声を殺して頬を涙で濡らしていました。
その横に赤ちゃんを抱いた娘さんが笑顔で頭を下げていました。
3人をお見送りする時、他の住人の皆様が拍手で見送るなかを丘の坂道を3人仲良く下って行きました。
林の中に見えなくなり、私が部屋に帰ろうとすると墓石の1つから『お母さん、お客様だよ』と娘の声が聞こえました。
振り向くと門扉の所にびしょ濡れの女の人が立っていました。
「まぁまぁ、大変、さぁ、いらっしゃい、温かい紅茶が有りますよ」
私がさ迷う魂を、お世話出来るのも何時までかは解りませんが、自分から命を投げ出してしまった方、死にたくないのに命を落としてしまった方で行き場が解らずに泣きさ迷っている方々が私共を頼っていらっしゃるまで御世話したいと思っております。
この世の全ての命を落としたくなくて落とした方々に永遠の安らぎが訪れますように・・・完結